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2019/10/05

2019年10月関東滞在(1)

久々に関東に行ってきました。
昨年も来ましたが、今回はプライベートの一人旅でいろいろなところに行ってきました。
写真もたくさん撮ることができたので、載せたいとおもいます

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ラグビーワールドカップが行われている関係で飛行機の予約はけっこう苦労しました。
行きも帰りも成田空港の利用でしたが、今回は千葉県津田沼にある弟宅に泊めてもらったので
成田が近くて便利でした。弟宅は駅が激近で徒歩30秒、窓からホームがすぐそこです。

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この日は朝の5:00に札幌の自宅を出ました。
絶対に寝坊はできないプレッシャー、得意の神経質を存分に発揮してほとんど眠れなかったのですが
時間がもったいないので出かけてきました。

まずは新宿。ゆっくり歩くのは数年ぶり。
東京に住んでいたころにはよく来ていました。

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街の様子は以前と変わらないのですが、いたるところで昔よりも道路が拡張されているのに気が付きました。
私が住んでいた時から15年もたっているので、このような変化は当然でしょう

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本当によく行っていたイシバシ楽器新宿店。
この新宿店は、15歳の時に初めて旅行で訪れた時にカルチャーショックを受けたのを覚えています。
北海道の地方都市の楽器店とは異なる、とにかくものすごい商品量に驚いたのです。
ここは首都であり大都会なんだと初めて実感した瞬間でした。
その時は雑誌にも載っていた石橋楽器オリジナルのメビウスのピックアップを買って帰り
当時使っていたアリアプロのギターに自分で加工して搭載したのを覚えています。
18歳で上京してからは、渋谷方面の楽器店によく行きました。ギブソンなどハイエンドギターは渋谷の方が多かったのです。

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翌日にお茶屋の水の楽器店も徘徊しました。
圧倒的な商品量は相変わらずでレスポールだけで何十本も展示している店舗もありました。
またどこの店舗も中古USEDをかなり置いてあります。楽器業界も成熟しマーケット構造が変化しているようです。
豊富な物量を目の前にしても、今はネット販売が主流で新製品などすでにインターネット上で見たり、ネット動画で
サウンドを視聴したりできる時代なので、若かりし日々の時のように胸をときめかせるものはありませんでしたが
1974年製のヴィンテージのストラトがある店があって、2TONEサンバースト、ローズ指板とお気に入りど真ん中の
スペックで気分が高まりましたが、50万円という値段を見て速攻であきらめました(笑)
20年前なら70年代のストラトなんて10万円前後だったのですけどね~

次に新宿から京王電車に乗って大学生の時住んでいた街を訪問しました

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私が大学に入学してから3年ほど住んでいた懐かしの高幡不動の駅前です
当時とはすかっり変わってしまいました。
きれいな駅ビルの前にバスのロータリー。駅前には商業ビルが立ち並んでいます。
私がいたときはすごい田舎で、当初は札幌よりも辺鄙なところに来てしまったと感じたものです

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ほとんどのお店は昔と変わってましたが、なんと!私が大学2年生の時にできた天丼屋がまだありました。
当時の高幡不動は食べるところがほとんどなく、けっこう苦労したのですがこの天丼屋が救世主的に開店して
当時はよく行きました。次に来たときはぜひ食べてみたいです

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高幡不動尊。
実はじっくりと見物するのは初めてかもしれません。学生時代は神社、仏閣には全く興味がなく
一度だけ散歩がてら立ち寄り、寺の敷地内で弁当を食べた記憶があります。まったく罰当たりでした。
奥の方にも寺院や建物があり、こんなに広いのだと初めて知りました。

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せっかくここまで来たのだから、当時住んでいた場所にも行ってみました

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駅東側の「開かずの踏切」はモノレールの駅になり、その地下にトンネルがあり車が走っています。
このモノレールは私がここにいたときは建設中で橋脚だけがありました
私が大学卒業した翌年に開業したので学生時代にその恩恵は受けられませんでした。アルバイトでモノレール建設現場の
ガードマンをしたこともあり懐かしい思い出です。

このセブンイレブンは、私の第2の母と言っても過言ではありません(笑)
当時の私の胃袋を満たしてくれたありがたい存在です。本当によく来ていたなぁ

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私の住んでいたアパートのあった辺りは再開発、区画整理が進んでいて、全く知らない土地になっていました(笑)
当時田んぼや空き地だらけだったのに、今ではファミリー向けの新築の分譲、建売住宅であふれていました。
おまけに道路もだいぶ変わっていて3年も住んでいた土地なのに、道に迷いました。

当然私の住んでいたアパートもありません。何とか住所の枝番をたよりにたどり着きました。

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この小川はたしかにアパートの下にありました。きれいに整備されています。
アパートの裏にあった大家さんの大きい家もなくなっています。
札幌からマーシャルの大きいアンプやギターを送った時、不在の時はいつも大家さんのお宅に届けられていて、
大変お世話になりました。今はどちらに住んでいるのでしょうか。。。

高幡不動を訪れて、なぜだか亡くなった母のことを思い出しました
当時は母も仕事の関係で東京に来ることがあったので
本当に何度も私のところに来てくれました。母が来てくれたら食事の心配をしなくてよいのでとても助かりました。
今思うと小さい頃は病弱だった長男の私が親元を離れて初めての一人暮らしだったので、
それを心配して仕事を口実に無理して来てくれていたのかもしれません。
その時の母の年齢は、今の私の年齢とちょうど同じです。それを考えるととてもバイタリティーがあった母です。
懐かしさと驚きと寂しさが入り混じった気持ちで、高幡不動を後にしました。。。(つづく)

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